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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

うつ病に理解のある会社をうつ病で辞めた

うつ病

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新年あけましておめでとうございます。

きょうから仕事初めだった方が多そうですね。
さて、新年早々物騒なタイトルですが、物騒なことをしてきました。
 
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物騒なことを言ったので会社の近くのよく着替える銅像で癒されてください。
 
わたしは新卒で4月に入った会社をうつ病で9月から休職し、11月末から1カ月間復職トレーニングをしましたが、年明けの今日、会社側と退職ということで合意しました。
書類上は、一応まだ休職を延ばしているという状態です。いつ付けで退職扱いにするかは、今後の処理も含め、社労士さんと相談してくれるそうです。
 
わたしの会社は規模の小さなベンチャー企業です。持ってるお金の絶対額が、少ないです。正社員として、療養中の人間をまた定着するほうに賭けて雇えなかったんです。
 
休職のいちばんはじめから、時短勤務やリモートワーク(今リクルートさんはみんなOKになったらしいですね)は不可と念を押されており、中期的に頼める責任の軽い単純作業などの仕事は無いと言われていました。
実際、働いている時に単純作業の仕事はほぼありませんでした。新卒としては難易度の高い仕事ばかりしてきたと思います。だから分かってました。
 
フルタイムか、退職か。休職中ずっと悩んできました。
1カ月の復職トレーニングを経て、わたしは身体と相談をして、フルタイムは無理だという結論を出しました。でも、わたしも生活がかかっているから、ただ退職しますとも言うのもどうなのか。
今日の午後、会社が面談の機会を設けてくれたので、行ってきました。
 
面談にて、再度わたしは、フルタイムでわたしがちゃんと復帰できるように(そしたらwin-winですからね)時短制度を取り入れるか、元のポジションにつくよりかは責任の軽い仕事にしてくれないかと交渉しました。
タイムスケジュールを複数案用意して、責任の軽い仕事をひねり出してリストにして持って行きました。
それでもやはり無理でした。
可能性に賭けるという余裕がもう無かったのです。
 
わたしの会社はいちにんまえを育てるのに2〜3年はかかる業種です。営業さんみたいに、やり方次第で1年目からトップ!というのは中途入社で実績やコネクションがない限り有り得ません(ちなみに、うちの会社に営業さんはひとりもいません)。
わたしは幸いこの業種に向いていると言われてきましたし、会社側からのプッシュを受けて入社しました。わたし自身も仕事は日々足りない知識を顧客のためならエンヤコラと詰め込みながら楽しくやっていました。
けれども、この業種の特徴こそが人的リソース欠如の大きな要因でした。50人も100人も先輩がいるわけじゃありません。隣の隣の隣の席には社長がいました。そんな小規模な中の1人が、段階的な復帰を医師から推奨されるほどまだよろしくない状態だと、会社は怖いんです。
それも分かっていました。
 
会社とは、雇用形態を見直し、業務内容も見直すということで合意しました。
最初はパートにしようと言っていましたが、わたしが時間に縛られることが現状プレッシャーでありストレスであり、何より報酬を減らしてしまうリスクであることから、時給ではなく成果報酬の業務委託契約をしようかということになりました。
 
  • 社長のやっている別会社のWebメディアで、クラウドワークスで提示しているのと同じ単価でライティングをすること。
  • 社長から3〜5万円/月 程度の分量の、今までのような仕事をもらってこなすこと。資料や企画書作りなど。
  • 定例ミーティング。
  • その他もろもろ。
 
今日決まったことなのでまだなんとも言えないところが多いのですが、こんな感じで、会社から仕事をもらいながら、個人事業主のような感じで現在傷病手当金でもらっている「約手取り10万円」を目指すことになりました。というか、そんだけもらうなら多分個人事業主になった方が良いですね。
正社員ではないので副業もオッケーです。
退職するので国保に入り直したりはしなきゃいけませんが、まあ、仕方ないです。
 
退職をしたら放り出されるのかと思っていて、わたしはずっと怖かったんです。
取締役や社長から年末にメッセージをもらって、退職の話に触れられたとき、退職勧奨かと思って震え上がってしまいました。
他にも、目につく限りの転職エージェントに登録しては、メンタルヘルス第二新卒は厳しいと言われ続けてきました。
すごく怖かったです。仕事紹介しますよ!!!!ってすごい前のめりで電話してくれるのに、わたしの境遇を話すと肩を落とすんです、彼ら。
 
けどやっぱり身体を大事にしようと決めて、思い切って「わたしはフルタイムでは仕事できません(フルタイムなら辞めます)」と言いました。
そうしたら、社長と取締役は、傷病手当金の額まで手が届くくらいの仕事を頑張って考えてくれました。
放り出されませんでした。
生きていく道を一緒に考えてくれました。
「俺たちから最速で独立したようなもんだ」と言ってくれました。上手いこと言うなあ。
 
とりあえず、今のところ、わたしはこれでよかったと思っています。
 
新年最初で最後の社員としての仕事は、10時に会社に集まって近くの神社に行き、ご祈祷を受けることでした。
商売繁盛。そのあと会社の近くの中華料理店でみんなでランチをしました。これが実質の、わたしの送別会になりました。
 
(わたしはそれだけで疲れてしまい、先述のミーティングまでの1時間半猛烈な眠気と戦いながらデータ入力をしていました)
 
パソコンをきれいにして、私物を全部まとめて。入りきらないので紙袋ももらって。
夜逃げのような格好で、いつもと同じように
「お先に失礼します」と言って会社を出ました。
わたしも皆さんもケロッとしていました。
 
下に降りたらタバコ休憩をしていた大好きな4歳年上の上司がいて、
「飲みに行こうって言ってくれてたのにごめんね、社労士さんが上司と飲みに行くのも仕事に入るって言うから面倒くさかったんだよ。もう年明けちゃったね」「そうですよ。わたしもう辞めちゃいましたよ」「まじか」「まじです」「じゃあいつでも飲みに行けるね」
みたいな会話をしました。
 
わたしは会社のこういうケロッとしているところが好きでした。いつも杞憂し、勝手に悩んでいたわたしは、このケロッとした対応に幾度となく救われてきました。
 
これからわたしはわたしの会社、および社長の別会社のパートナーとして、そして自分の生活を支える個人事業主?として、身体を第一に頑張っていきたいと思います。
 
※同期だけは焦って出向先での仕事中にLINEをよこしてきました。会えない?!って。てめー仕事中にLINEしてんじゃねーよ笑。唯一ケロッとしてないやつです。わたしはケロッと脱毛サロン予約したから無理〜と返事をして、爆睡して、脱毛サロンを寝ブッチしました。あほか。
 
プライベートで行く初詣で、わたしはいつも200円のおみくじを引きます。
縁起物のモチーフがついているもので、財布に入れておくんです。
今年は大吉で、商売繁盛のモチーフである「稲穂」が当たりました。
神様のお告げとは言えども、たくさんのおみくじの中から自分でつかみ取った大吉と稲穂です。この結果に恥じないような1年にしたいと思います。
 
改めて今年の抱負を述べます。
  1. 経済的に自立すること。
  2. 精神科の薬を2種類減らすこと(それくらい体調をよくすること)
  3. 三連単を当てること!笑
 
どうかあなたとわたしの2016年が良い年になりますように。
 
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これ以上ないってくらいの円満退職でした!
 
 
 
※わたしのうつ病は、入社直前の失恋が原因であり、会社にはオープンにして働いていました。仕事の負荷が大きくなると同時にプライベートでも悲しいことがあったりと、複合的な要因があって、抑うつ状態が強くなり、パニック様の不安発作が起きるようになりました。仕事も悪化の原因のひとつではありますが、仕事が原因でうつ病になった訳ではありません。そこだけ、改めて、補足。
 

 

だからあなたは今でもひとり―悲しい別れ、離婚、失恋のあとでもういちど愛を手にいれたいあなたへ (小学館文庫)

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Cyndi.