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うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

うつ病に理解のある会社を本気でやめるかもしれない

うつ病

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この記事はメンヘラAdvent Calendarの記事です。大変遅くなりました。
 
ほんとはまとめたかったんですが、無理なので、時系列で叫びます。
追記:やっぱり読んでて辛いんで要約します。
 

2014年6月30日。

今の会社に内定をもらった。
 

2015年1月3日。

当時付き合っていた彼氏にデート中にとても傷つけられた。とりあえずその場は丸め込まれて、そのあとは楽しく過ごして笑顔でバイバイした。
 

2015年1月。

翌日から1人でいるときずっと涙が止まらなくなって、おかしいと思って彼氏にやっぱりあれはどういうことか教えてと言った。
無視される日々が続いて狂ってしまった。
腕も切ったし前髪も切った。
ほんとうに狂った。
ふられた。
 

2015年2月。

起き上がれなくなった。死にたかった。
多分ここらへんでうつ病診断がついた。
先生のおかげでなんとか卒論出せた。
 

2015年3月。

予定が入ってしまっていたので休みなく遊んでいた。内定者バイトも楽しかった。
ひとりぐらしをはじめた。
 

2015年4月。5月。6月。

入社した。ひとりぐらし開始に伴い転院した。ふられる前に不安障害と言われたものから、診断がうつ病になっていた。
同期と仕事でギクシャクどころかマジ喧嘩する。公私混同はしないので会社を出たら仲直りしたけど結局わたしがひとりで頑張ることになる。
ふられたことを毎晩思い出すのが辛くて、忘れるために。
 

2015年7月。8月。

難しい仕事が増えて残業や徹夜の持ち帰り仕事が増える。休みや遅刻も増える。部屋が荒れる。たまに母が家事しに来てくれた。ずっと泣いていた
元彼のことばかり考えて相変わらず泣く。
 

2015年8月中旬。

同期の仕事の尻拭いをしたことを日報に報告したら同期にキレられる。心が折れる。体調を超崩す。
 

2015年8月下旬。

毎日のように不安発作を起こすようになり、タクシー通勤や遅刻、休みがさらに増えた。
オープンにはしていたけど、改めてうつ病の診断書を持って行って業務量削減に関するミーティングを開いてもらった。
ところがもうほとんど行ける状態でなかったので、休職の診断書を書いてもらって休む。
 

2015年9月。10月。11月。

休職。かなり元気になる。けど、まだ元彼のことは忘れられなくて泣く。
 

2015年12月。

復職トレーニングを行った。扁桃炎にかかり、捻挫をし、発作を起こし、完全にはこなせなかった。
クビになるかと思ったらならなかった。
お医者さんからは復職可能の診断書を書いてもらった。
 
フルタイムでの復帰が条件で年明けからの復職を許可されたが、当初から無理だって言われていた「段階的な復帰」が必要だとわたしは復職生活を通して気付いていた。
 
LINEのタイムラインに思い切って診断書の写メを載せて、復職の事例をくれと呼びかけた。
段階的な復職で成功した事例や、
急にフルタイムで戻って失敗した事例が聞きたいと。
もちろん、その逆も。
 
うちの会社にとって段階的な復帰が有効で、よりすぐれた方法であるならば、うちの会社はその選択をしてくれるはずなのだ。
わたしは、この会社は正しいことならばそれが通るからここに入社したのだ。
 
年末年始は段階的な復帰案のプレゼンのためのスライドを100枚、50案は作ろうと思う。
 
そこまでしても無理なら、
やめようと思う。
 
 
元彼くん。わたし、いま、こんなだよ。
せっかく支えてもらって一緒に就活して、
やっと掴んだ唯一の内定先だったのに。
 
ごめんね。ごめんね。
大好きだったよ。
 
Cyndi.