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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

アスペルガーの従妹のファッションショーコンサルをしてきた

休職日誌 発達障害(ADHD・ASD)

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休職、85日目。


11月22日。
前日のデザフェスで歩き回って疲れに疲れた体にムチを打って、いとこの家に行ってきました。
 

アスペのイトコがいる

いとこはアスペルガー症候群(今はASDって言い方する人が多いですが、当時の彼女の診断名にしますね)で、その中でもかなり変わったタイプだと思います。
 
いま、18歳。通信制高校に通っている。
痩身エステに通っているわたしより恰幅のいい体に、髪は超ベリーショート。
ノーメイク、ノーブラ。服はとにかく派手。
 
学校にはずっと行ってない。幼稚園もやめた。行っていたのは通級みたいなやつだけ。
 
外から見たら性別も年齢も、国籍も分からない。笑
 
同年代の友達はいない。
すごく狭い世界で生きている。
だから母親(伯母)にベッタリ。
ザコンの極み。
 

最近、進化してきた

そんな彼女が、最近めきめきと生活力を身に付けてきたんです。
・漢字を書くようになった。
・字が綺麗になった(伯母がとても字が綺麗なので、それを見てるから?)
・車の免許を取りに教習所に通っている。
などなど。
 
相変わらず箸は使えないし、鉛筆の持ち方も間違っているんだけど。
できないこと、そんなことできないと口にすることが、昔に比べて減ってきたような気がするんです。
 

いとこと人形

いとこが幼児だった頃、存命だったわたしの祖母は手作りのぬいぐるみ(人形)をいとこにあげました。
いとこはそれをずっと手放しませんでした。
祖母が亡くなった後もずっと。
人形もボロボロになって世代交代をしたり、自己投影していじめられたり。とにかく、いとこの人生に手作り人形は欠かせませんでした。
 

手作りの人形と、人形服

いとこは人形の世界の絵を描き、お話を創るのが好きです。
その人形の設定やストーリーを実体化するためなのか、いとこは自分で人形を作るようになりました。
ミシンを買ってもらい、人形の洋服も作るようになりました。
 
わたしの祖父はテーラーでした。
オーダーメイドの紳士服を作っていました。
祖父のことが大好きないとこは、祖父に認められたい思いもあり、親族一同驚くほどのスピードで洋裁の腕を上げていきました。
 

人形服ファッションショーをやった

2015年のお正月、親族一同でいとこの家に行きました。
わたしはいとこに「これはわたしが作ったの」と人形服を次々と見せられて、びっくりしました。本当に上達していたから。カジュアルウェアだけでなく、ドレッシーな洋服まで作っていました。
型紙は作らず、立体裁断。わたしと違って空間認知が得意なのです。
 
成果物を見せなきゃもったいない!と思って、わたしはいとこにファッションショーをすることを提案しました。一番成長を見せたいはずの祖父がいとこの家に来るのは、お正月だけです。いとこも提案に乗り、ADHD傾向強めなわたしは過集中を発揮し、アスペのいとこは好きなことにのめり込み、キャスティングからウォーキングの流れ、順番やタイトルを決め、4時間程度でショーの構成を練ってファッションショーをやりました。
 
みんな褒めました。祖父もです。
いとこにとって、人形服ファッションショーは人生の大きな成功体験になりました。
 

わたしがずっと考えていたこと

わたしは、いとこがこれから自立して生きていくためにはどうしたら良いんだろう?とずっと考えて生きてきました。
同年代と同じことをいきなり課しても無駄なことは分かっていました。でも、わたしはいつまでも伯母に頼りっきりな生活はさせてはならないと思っていました。
押しつけでなく、本人のやる気に上手く乗っけながら、人生において普遍的に役立つことを教えるにはどうしたらいいのか、ずっと悩んでいました。わたしだって生き方は下手です。それでも何かやれることがあるんじゃないかと。
じゃないと、伯母が死んだら、いとこはどうやって生きていくの?と。
 

人形と人形服で、やり遂げさせよう

わたしは人形服ファッションショーにヒントを得ました。いとこに人形服ファッションショーを通して、企画し、集客し、実施し、成功させ、振り返るというサイクルを実践的に教えようと思いました。
 
いとこの人形服クオリティは、2015年だけでぐんぐんと上達していました。人形も「ぬいぐるみ」から立派な「人形」へと進化し、ファッションや洋裁の知識も(自分の見た目には興味がないくせに)つけてきていました。
 

ファッションショー企画2016

そこでわたしは、2016年のお正月にまたファッションショーを実施すること、そしてそのクオリティを上げるために秋から月1でいとこの家に通ってコンサルティング?をすることに決めました。
 
10月は、前回の振り返りとコンセプトメイキングをし、デザインのラフ画のアイデアを出し合いました。この頃は出来上がっているドレスの数も少なく、わたしは時間を逆算して製作スケジュールを立てることを教え、要求しました。
彼女は「思っていたより時間がない」ということを分かってくれました。
 

11月の企画内容

そして11月22日、10月時点での弱気な発言とは裏腹に、いとこはドレスをたくさん作りました。デザインのアイデアから逸れたものもありましたが、わたしがアイデア出しをして採用された(=いとこが普段作り慣れていないようなデザインの)ドレスもしっかり作られていました。
 
10月に作ったコンセプトを確認し、ウォーキング、ポージングの流れをiPadで撮影しながら作って行きました。会場を仮設し、何度もやりました。手の向き、自分の動き、人形のポーズ。いとこは全部自分で確認をし、たまにわたしも口出しをしました。
 
人形たちの出演順を決めることにしました。誰がいいだろう、誰がいいと思う?とわたしを頼るいとこ。
 
それじゃいかんだろうと、わたしは言いました。
「オーディションをやればいいじゃない」と。
 

オーディションをやろう

彼女の作った人形たちのバックには、たくさんの想いとストーリー・設定があります。
わたしはそれの全てはわかりません。
また、わたしが決めても彼女が一番納得のいくものにはならないでしょう。
このファッションショーの最初に出たそうな人は誰?トリを務めたそうなのは誰?といとこに聞くと、いとこは4〜5体ずつを挙げました。
 
そして、その4〜5体ずつに対し
 
・書類審査(事前にいとこに作ってもらったショーへの志望動機を読み上げて録画する)
・ウォーキング審査(オーダーメイドのドレスなので当日着るドレスは決まっている。それを表現できるかどうかを録画する)
・面接(いとこが人形に質問をし、いとこが人形になってしゃべる。たまにわたしも質問する。それを録画する)
 
を行い、トップバッターとトリを決めました。
いとこはわたしがバテはじめても物凄い集中力で選考を行い、満足いかなければ選考そのものをやり直す等して、納得いくまで頑張りました。
 
それだけでも達成感があったようで、いとこの表情が明るくなりました。たくさんお礼を言われました。シンディちゃんがオーディションしようって言ってくれたの!と、伯母に報告していました。
 

次回までの宿題

まだ出来上がっていないドレスもあったので、次回までにトップバッターとトリに合わせて人形の出演順を決め、(必要なら)部分けをするように指示しました。
 
こうやってわたしがチャチャを入れながらやった練習やオーディションの選考過程などを、わたしは全ていとこに記録させていました。清書もさせました。
いとこはファッションショーを成功させる(させていく)ために必要なことを10月のコンセプトメイキングのときに分かってくれていたので、きちんと宿題をやってくれます。
 

成長しか感じない

3〜4ヶ月もかけてファッションショーの企画をして内容を詰めていくことは、もちろんいとこにとって初めてです。学校で課される課題とも違い、やめようと思えばいつでもやめられる自主企画です。
それをわたしのコンサル?付きとは言え、確実にやりとげてるいとこからは成長しか感じません。
 
今はわたしが適宜指示出しをしていますが、いつかは1人でファッションショーに限らず、何かを達成することが、他の同年代と比較して圧倒的に人生経験の少ない彼女に必要だと感じています。
がんばれ、いとこよ。
一人っ子の弱みは、当たり前だけど兄弟がいないところだ。姉の部分の一部はわたしが担ってやろうじゃないか。
 

わたしも成長させられている

これ、本当のはなしで。
わたしも彼女へのコンサル?を通して成長しているなと思います。真摯に取り組む姿勢は見習わなくてはならないし、教えることで学ぶことがたくさんあります。
こんな風に言ったけど、あの時わたし口だけだったな。これから気をつけよう。とか。
モチベーションを上げる・維持させるためにはどういう言葉をかければいいだろうとか。
 
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なので、いつかお礼を言うのはわたしの方になるんじゃないかと思っています。
 
そして、いとこがいつかは1人で企画し、ファッションショーを実施してくれると信じています。
 
期待!

 

俺ルール!―自閉は急に止まれない

俺ルール!―自閉は急に止まれない

 

 

 

Cyndi.