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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

おじいちゃんと元不良の同級生は、ふたりとも悟った顔をしていた

休職日誌

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休職、56日目。

 
土曜日。わたしの住んでいる地域では、紙や段ボール、古布の回収日。近頃アマゾネスシンディを発揮していたので段ボールが溜まっていた。前日夜に紐で縛って出してスッキリ。
 
菊花賞の予想をしながら水道橋へ。母上とおじいちゃんと待ち合わせして、前日発売の馬券を買った。 f:id:cindIII:20151027085628j:plain スタッフのおじちゃんに場所を聞きに行ったら、テンキューはあっち!と決めつけられて笑、何回もちゃうねんちゃうねんという会話をした。23歳のフリフリがついたカットソーを着た女子は馬券を買ってはいかんのか?なんてな。笑。テンキューにも行きたいよ?そりゃ。
テンクーじゃなくてテンキューって読むのな。
 
実は金曜日がおじいちゃんの誕生日でした。お祝いで、親戚一同で和食ランチ。 f:id:cindIII:20151027085659j:plain 東京ドームシティ・ラクーアが一望できる半個室で、美味しいカニクリームコロッケをいただきました。コロッケの高いやつって本当に美味しい。おじいちゃんも少々お高めの焼き魚定食でご満悦な様子でした。よかった〜。
仲良しな親戚一同を維持できてるのは、おじいちゃんがいるからだと思う。わたしはこんなに優しくてお茶目でかわいい人を他に知らない。おばあちゃんが亡くなったとき、わたしは小5で、しかも東京に来て半年も経ってなくて、やっと年1じゃなくて週1で会えるようになったおばあちゃんが死んじゃった実感が全然わかなくて、そこまで泣いたりしなかった(ガンで入院しててそのうち亡くなるって分かってたし)。でも、お葬式?お通夜?で、おじいちゃんがご挨拶を一言しゃべって、その時肩を震わせて泣いたんだ。ものすごくものすごく衝撃だった。どっと悲しみが押し寄せてきて、わたしもすごく泣いた。人が死ぬと人が泣くということを知ってしまった。
日本では断然女性の平均寿命のほうが長いのに、おばあちゃんより年上のおじいちゃんが、おばあちゃんより10年以上長生きしている。病気は抱えているけど元気で、テレビを見て、細かな字の競馬新聞を読んで、料理をして、たくさん食べて、近場にだけど外出もして、会うたびもうそろそろ死ぬよと言いながら笑って生きてる。
f:id:cindIII:20151027085738j:plain わたしの成人式まで死ぬのは待ってと言ったら待ってくれた。わたしの大学の卒業式まで待ってと言ったら待ってくれた。弟の成人式まで待ってくれようとしている。いとこの成人式まで待ってほしい。
できれば、できれば、いつになるか分からないけど、わたしの結婚式まで待ってほしい。お父さんじゃなくて、おじいちゃんとバージンロードを歩くのはだめかな?
 
f:id:cindIII:20151027085445j:plain せっかくだからと東京ドームシティアトラクションズのスカイフラワーにみんなで乗った。人数が奇数だったから弟が1人で乗ったのだけど、待ち時間が超シュールだった。いちばん上まで行くと東京スカイツリーが見られる。落ちるのが意外と速くてフワッとした。
 
流れ解散をして、わたしはカフェでファッション誌のSoupを読んで時間をつぶし(最近のファッションって好みじゃないなあ)、精神科に行ってきた。
生活リズムが乱れていることを正直に話したら、復職の許可は下りなかった。ただ、会社に行くこと自体は止められなかった。
わたしはフルタイムで今の会社に復帰したいのだ。Webの勉強も政治の勉強もライティングも取材・撮影も企画も楽しいし、やりがいがあるし、社風も上司も大好きだ。いま、お金が出てしまう一方だから、経済的にも厳しい。そのためにもフルで復帰したい、正社員がいい。その足場を作りたいから、少しずつ復帰していこうと思っている。会社が許してくれるなら。
新しい睡眠導入剤をもらった。ロゼレム(ラメルテオン)といって、メラトニン様の作用をするようだ。ゆるやかに、でも自然に効くらしい。期待している。
カウンセラーのおばちゃんは相変わらずちょっとウザいけど、わたしは根がおしゃべりなので、べらべらとしゃべるようになった。当たり前すぎてお医者さんやカウンセラーさんに言う気にならなかった自傷癖について話してきた。いまわたしは手の爪も足の爪も深爪で、左足の小指の爪なんか全部ない。痛い。マニキュアは頑張って塗ってもすぐ削ってしまうので、2日持てば大成功。よく考えればおかしい。
土曜日だったので、上司にメールで報告をした。結論からいうとフルの復職は無理でした、云々…迷惑しかかけてないのに、ありがとう!と言ってくれて嬉しかった。やっぱり、早く戻りたい。
 
薬局で薬をもらって、中学の同級生の男友達と飲んだ。Facebookで友達になったらLINEに出てきて、久しぶり〜あの時は大変だったね〜という流れで会うことになった。彼とは1・2年のクラスが同じだった。わたしは3年生のまる1年間不登校してたから、実質ずっと一緒だった。わたしとつるんでた某女友達と一瞬だけ付き合ってた彼は、そのあとも某女友達に付きまとわれて(?)めんどくさいことに巻き込まれて(?)大変だったらしい…ということはなんとなく察していたから、話がついつい盛り上がってしまったのでありました。当時わたしに相談してくれればよかったのに!と言ったけど、わたしは彼のケータイの番号も知らなかったし、そもそも学校に行ってませんでした。ごめんな、さっさと逃げて。笑
めちゃくちゃグレてた彼は中卒で働きはじめて、紆余曲折ありまくりで、今では立派な職人として独立したらしい。すっかり落ち着いてしっかりしたように見える。すげーグレてるやつほど将来案外マトモになるんだよなァと漠然と思ってたけど、その証明をしてくれたようだった。
俺ってどんな感じに見えてた?と聞かれて、つい「怖かった」と言ってしまった。でも言った直後に(怖いってのは少し違うな)と思った。彼は、やっぱり?という顔をしながら、全然怖くねぇよ、女に手を上げたこととかないし、口下手で不器用でクソガキだっただけだよ、なんで俺こんなに女子に嫌われてんだろうなあ…と言った。わたし3年目は2日しか行ってねーから分かんねえよと言ったら、俺より来てねえじゃんと笑った。
この前はバイクで日本を一周して、沖縄に移住する夢ができたんだとか。わたしも1カ月前に行ってきたばかりなんだよと、写真を見せて盛り上がった。初めてお互いの身の上話もした。案外境遇が似ていた。わたしの家庭環境のほうが明らかに恵まれていたけれど。
ずっとお金に困ってたから金持ちになりたかったけど、世の中の24歳より稼げるようになってスキルもついた今、金なんてそんなにいらないって気付いたよ、俺はのんびり釣りして暮らしたいと酔っ払いながら数回言っていた。
休職割引で、2軒目は奢ってもらった。
 
バラ色の日々は、追いかけても追いかけても逃げていく月のように、指と指の間をすり抜けていくのだ。吉井和哉はそう歌った。
いつまでも絶頂など来ず、それに近い時期を経験してもすぐまたそれは消えてしまう。
 
考えすぎるなよ。俺も一時期死んじゃおうかなって本気で考えたよ。なんとかなるよ。
って、彼から言ってもらえるなんて、8年前はカケラも想像してなかった。
また飲もうねと約束して解散した。
 
また、が、実現するのかは、知らない。
 

https://itunes.apple.com/jp/album/bara-seno-ri/id207718843?i=207719270&uo=4&at=yfa88372

 

バラ色の日々

バラ色の日々

 

 

 
Cyndi.