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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

疲れを溜めたら動けなくなったのと、お泊まりした話

休職日誌

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休職、114・115・116日目。

 
 
12月21日。
 
だめだった。起き抜けに不安発作を起こした。
身体が固まって動けない。
そのうちぎゅーっと身体が収縮していく。
呼吸が浅くなって足がムズムズする。
声が出ない。日常音が騒音に聞こえる。
上司に必死に謝り、17時〜19時のみ出社。
 

パートさんはもう帰っていた。

そんな時間までわたしは動けなかったのだ。
Pocketに保存したニュースをひたすらひたすらEvernoteに移す。
あと、会社のパソコンをWindows10にした。
 
虚無しか残らず。
それでも上司たちは、いつも通り。
 
 
12月22日。
 
10時に出社。でも、仕事はしない。
ひたすらに自分のためだけの作業をする。
空間に慣れる。それが目的。
電話をシカトするのには慣れた。
 
休憩を1時間しっかり取ってみた。
デスクから離れ、外の移動屋台で買ったお弁当を打ち合わせスペースで食べる。
働いていないのに、疲れが癒されるような気がするのはなぜだ。
わたしはそんなに疲れやすいのか?
 
15時に退社し、婦人科に寄った。
 
そのあと、整骨院にも行った。
 
従妹の家に行く予定だったが、疲れがドッと出て家のベッドに倒れこんでしまう。両腕で顔を抱える。視界に光を入れたくない。足にも不安がある。
 
何時になりそう?
 
調子はどう?
 
何時に着きそうか分かった?
 
従妹から数時間おきに来る連絡にひどくイラついてしまう。分からないと返事をしてiPhoneを放り投げる。分からないから分からないと答えているのに追撃が来るのに耐えられなかった。
一歩も動きたくなかった。
ひとりになりたかった。
それほどわたしは疲れていたのだ。
 
それでも約束していたから、外に出た。翌日は祝日で会社は休みだ。
1時間弱電車に乗って駅に着く。派手な格好をした従妹が出迎えてくれた。
駅前の中華屋で餃子をつつく。色んな話をした。
自殺未遂をしたときのことを自然に話してしまって、あ、いけね、と思った。従妹の顔がみるみる曇る。言葉選びに悩んでいるのが嫌ほど伝わる。
鬱で動けず布団に包まるわたしは見ていても、傷ついた腕を見たことはあっても、まさか死のうとしたなんて彼女は思っていなかったのだ。狭い世界に生きる彼女は、まだ身近な人の死を経験していないようなもんだ。まさか若いイトコノオネーチャンが首を吊ろうとしていただなんて、微塵も思わなかったんだろう。
アスペルガーの子たち(従妹はなんだかんだもう18だが)はとにかくイレギュラーに弱い。パニックになってしまう。従妹もイレギュラーに弱かった。唐突にショッキングなことをヘラヘラした顔で告げられて、怖かったろう。
これはわたしの反省点だ。死のうとしたこともいけなかったし、もう人には自分から話さないでおこうと思う。
 
会計をして(伯母がお金を従妹に預けておいてくれたようだ)徒歩で従妹の家へ向かう。近くて遠い。一軒家の2階から上が従妹の家だ。
 
わたしはとにかく疲れていた。
人形服ファッションショーの最後のコンサル(というか、お手伝い)をするつもりだったのだけど、体が動かなかった。
前回から今回までの間に従妹が用意した物資を確認して、誤字の指摘をするなどしたあと、わたしはすぐに眠ってしまった。
 
 
12月23日。
 
全員わたしのことを笑って迎えてくれた。
身体が動かなかったこと、頭が働かなかったことを責めるのはやめた。人形服ファッションショーの最終調整やリハーサルを進めた。
用意するのを渋っていた音楽も、なかば無理やりだったが、手順をメモらせながらiTunes Storeで買わせた。
明らかに成長している。きっと問題ないだろう。
 
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なんだかんだで夕飯までいただいてしまった。
 
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伯父と伯母は、明らかにわたしの父や母よりデキない人だ。
でも、わたしの父と母よりずっと家族だった。
 
ありきたりなことを言うのなら、幸せのかたちは人それぞれなのだな、という感じだ。
わたしはひとりぼっちがいいなと思った。
 
 
Cyndi.