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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

映画が嫌いだ。捻挫はもっと、嫌いだ

休職日誌

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休職、109・110日目。
 
12月15日。
わたしは怪我をした。
 

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前日我が家に泊まった研究室の同期(今は内部に残ってM1をやっている)を学校まで送って、そのまま駅に行って会社の近くのカフェに擬似出社した。10時について、読書をして、13時半ごろに切り上げた。
 
虎ノ門に移動して、仕事関係のセミナーを受けてきた。昼に飲んだ薬が当時のわたしには強すぎたらしく、うとうと、どころではなく、がっくんがっくんしながら聞いていた。失礼極まりない。申し訳ねぇ……
わたしはいつもこういう座学のセミナーに行くと紙でノートをとる。前にも紹介したニーモシネシリーズ。紙でインプットしたほうが頭に入りやすいし、ルールを超えて書きやすいし(矢印ぴよーんってしたりとか)、クラウドにファイルを置いてあってもどうせわたしは読み返さないからだ。例えこの時代にWeb屋をやっていようと、直筆ノートはわたしにとって大事なものなのだ。眠すぎて、この日のノートはとても読めたもんじゃなかった。
 
夜に映画を予約してあった。
映画嫌いのわたしが、唯一見たい見たいと言っていた劇場版MOZUだった。前日にすごく良い席を1人でとっていた。
 
でも、セミナーと映画の間にパニックになってしまった。半端に時間が空いていて、イライラしてきてしまったのだ。なぜこんなことになったのか、わたしは今でもよく分からない。糖分でごまかそうとカフェでパスタを食べても何も変わらなかった。
 
映画が嫌いだ。2時間も同じ画面を見るのがすごく苦痛だ。映画に行きたくない。映画の内容はすごく楽しみなんだけど、映画に行きたくない。画面を見たくない。今こんなにイライラしてて辛いのに、更に映画でストレスを溜めるのが嫌だ。でも予約してあってクレジットカードで引き落とされるのが確定しているから、無駄にしたくない。
どうすればいいのか分からなくて、もしかすると、わたしは貧乏ゆすりをしていたかもしれない。持ってる限りの頓服薬を飲んで、これに耐えなければ会社になんて戻れないぞ、もっと辛いこともあるんだからここで我慢しないと会社になんて戻れないぞ…と思いながら耐えた。
 
時は来た。わたしは一目散にカフェの階段を駆け下りて、地下にもぐった。赤坂見附で乗り換えて、歩いて乗り換え場所を目指す。階段を降りれば、電車に乗れる。電車に乗れれば一本で映画館に行ける。
 
泣きそうになりながら歩いていたら、
階段から落ちた。
 
頭が真っ白になった。
 
 
1年半前、わたしは段差を踏み外して派手に転んで左足首を靭帯損傷した。おそらく骨にヒビも入った、らしい。最初に作ってもらったシーネが頼りにならなくて、シーネを作り直したけど、寝ても覚めても訳が分からない程の激痛で、わたしはずっと泣いていた。本当に立てなかったし、体力がなさすぎて松葉杖じゃ歩けなかった。血がつま先にたまってひどくむくんだ。
 
親族一同の年1の旅行に行けなかった。ずっと1人で、包帯も自分で巻かなきゃいけなかった。素人のわたしが包帯を巻くと、下手だからか痛くなる。きつくやってもゆるくやっても痛い。立ち上がれなくなるのが怖くて、真夏にお風呂にも入れない。歩けない。痛い。歩けない。もう歩けないかもしれない。本当に怖かった。
 
演劇の公演を1週間後に予定していた。人数はギリギリでやっていたから、代役なんて立てられなかった。松葉杖を外して歩くなんて考えられなかった。もし頑張ったとしても、衣装の革靴がはけない。代役を立てて裏方に回るとしても、照明・音響ブースには、普通にしてても狭くて怖いようなハシゴを登らなきゃいけない。
そして寝たきりじゃないと辛いのに、足を下に向けてなくちゃいけない。でも靭帯なら歩ける、ってメンバーに言われてしまった。
代案はわたしが出せと言われていくつか出したのだけど、もれなく却下されたので、公演の中止を提案した。いろいろ説得する元気はなかった。もちろん劇場のキャンセル代100%はわたしがかぶった。
これで友人を失った。
わたしの演劇人生も終わった。
足首をひねることが、必要以上に怖くなった。
段差を降りることが怖い時期もあった。
 
 
怪我した箇所は、昨夏とまったく同じだった。
 
 
靭帯損傷ですねーとは言われないな、ただの捻挫だ、と分かっていたけど、立てなかった。東京23区のど真ん中で、わたしは人の流れを止める柵となっていた。放心状態だった。怖くて立てなかった。
お姉さん2人が心配して駆け寄ってきてくれた。どうしても悪い癖で、大丈夫です大丈夫ですと追い払おうとしてしまう。結局助けてもらったのかどうしたのかも覚えていない。
 
駅のベンチに座って母と会社に連絡をし、しばらく呆然として、足を引きずって駅員さんを呼ぶボタンを押した。車椅子で出口まで運ばれて、駅員さんにタクシーを止めてもらう。そのまま自宅に戻った。
駅員さんが優しくて苦しかった。
 
 
映画は見られなかったし、お金はタクシー使ったからただ映画をポシャるのの何倍も無駄にしたし、これから整骨院に通うことになって更にお金はかかったわけだし、時間も失ったし、会社への復帰についてガムシャラにやってきた心もポキリと折れてしまった。
 
Twitter(@cyndi_ebrはリアルのアカウントも兼ねています)を見た高校の先輩から、捻挫は疲れのサインだよと言われてすごく泣いた。自分がしてたのはただの無理なんじゃないかって気付いて、受け入れるまでにも時間がかかった。
爆弾を抱えた足が痛いのが、やっぱり1番怖かった。前より軽いと分かっていてもこういう時にひとりなのは辛いと思った。
 
 
この前後から、頭の中をまたダウナーな何かが占めてきていたのかもしれない。
休職日誌はきっと読者の皆様には面白くない、雑記・日記どころか1ヶ月以上前の振り返りでしかないけれど、もう少しで終わるから、もう少しだけ付き合ってほしい。
 
包帯の巻き方はまだ体が覚えていた。

 

FC 圧迫固定包帯 L 足首・足用 7.5cm×4.5m

FC 圧迫固定包帯 L 足首・足用 7.5cm×4.5m

 

 

 

12月16日。
 
この日は会社の近くに擬似出社しに行けなかった。階段から落ちて爆弾抱えた足首を怪我したのが怖すぎて、痛みも腫れもあったから、自宅近くの整骨院に行った。捻挫だけど怖いよねと言われて、湿布をもらって、包帯をぐるぐる巻いてもらった。
 
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整形外科と整骨院って何が違うねんと思ってた。とりあえず捻挫ならどっちでもいいらしい。整形外科より空いてるからいいなと思った。先生に「もしかしたら会社に何で整形外科じゃなくて整骨院にしたの?って書類が来るかもしれないから、そしたら何も書かずにここに持ってきて」と言われた。
ただ不便だと思ったのが、整骨院って領収書が月単位か年単位なのな!?結局もらってないよ、領収書。まあいいや、もう。
 
 
Cyndi.