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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

新しい薬ストラテラと、母と向き合ったはなし

休職日誌

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休職、105日目。

 
12月12日。
 
精神科の受診日だった。
復職プログラムのことなどを話した。
 

 

 
わたしは根っこが欲深いから、こうなったんならもう、全部、全部解決したいと思って、先生に昔から辛かったことを話した。
 
人ができて当たり前のことができなさすぎてずっと疎外感があったこと。
しんどいことを伝えようとしても、ことばが下手で伝わらないし、何より内容が周りの斜め上をいっていて、理解が得られなくて、カバーするのが辛かったこと。
 
従妹がアスペルガー症候群であること。
伯母にADHDのケがあること。
亡くなったおばあちゃんがほぼ間違いなくアスペルガー症候群であるということ。
わたしは母よりも伯母とおばあちゃんに中身がよく似ているということ(ちなみに見た目はおばあちゃん似)。
 
そして、自分ではADHD的な衝動性、注意欠陥、先延ばし癖に悩んでいて、
ド定型発達どころか超人の母と、ド定型発達の弟と一緒に暮らすのが辛くて家を出てきたということ。
 
中学3年生のときに伯母にADHDという発達障害を教えてもらって、書籍を読んで、そこに自分がいたこと。
 
 
なのに、ウィスクスリーを受けてみたら、
ADHDとアスペルガー症候群のグレーゾーンと言われて、何の診断も付かなかったこと。
 
脳波を見たけどてんかんはなかったということ。
 
世の中のADHDの人たちがストラテラやコンサータを服用していて、
やれ頭が冴えるだの、やれいらないことを考えないで済むだの、
そういったことを言っているのが本当に羨ましいんだということ。
 
わたしはずっと狭間で生きてきて、これからも生きていかなきゃならないというのが辛いということ。
 
 
こんなことを早口でしゃべった。
再診は基本、10分間だから。
 
 
医師はあっさりと、お薬を試してみるかい?と言ってくれた。
 
ストラテラとコンサータどちらですか?と聞いたら、うちはストラテラしか出していないんだよと言われた。
まずは夕食後に40mgから始めることにした。
 
なんだか、拍子抜けしてしまった。
 
 
 
この日までに、せっかく街に出るからブックオフに行こうと思って、断捨離とまではいかないけれど、CDや本を整理していた。
そして本を3冊買った。
 
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だいぶ待って、買取の番号が呼ばれた。
『Webマーケティング集中講義』の購入価格くらいは返ってきた。
大赤字だ。いつものことなので気にしないことにした。
 
 
はじめてでもよくわかる!Webマーケティング集中講義
 
わたしの仕事はWebマーケティング関連だった。置いていかれたくなかったから、買った。
手放されることに怯えていたから、本で石垣を作った。購入の動機は、多分それだけ。
 
中身は見やすかったし、本自体が大きいから、一度にたくさんの情報が目に入るのはわたしにとってはすごくよかった。
 
Webマーケティングの常識はありえないほどめまぐるしく変わる。
1年半前のこの本でも下手したら古いくらいだ。

 

はじめてでもよくわかる!  Webマーケティング集中講義

はじめてでもよくわかる! Webマーケティング集中講義

  • 作者: カティサーク押切孝雄,上田大輔
  • 出版社/メーカー: マイナビ
  • 発売日: 2014/04/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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お仕事のマナーとコツ
 
イラストを用いて、当たり前だと言われかねないことが、改めて書いてある。
 
コミュニケーションに悩んでいるひとは、つまらないことで嫌われちゃう人は、言動を見つめ直すために是非読むべきなんじゃないかなと思う。
特に視覚優位の人は。
 
同じシリーズの『話し方のマナーとコツ』がすごく良かったから、お仕事にフォーカスを当てたこっちも買ってみた。
 
その他にも『マナーとコツ』シリーズはたくさん出ている。全部揃えたい。

 

話し方のマナーとコツ (暮らしの絵本)

話し方のマナーとコツ (暮らしの絵本)

 

 

 

お仕事のマナーとコツ (暮らしの絵本)

お仕事のマナーとコツ (暮らしの絵本)

 

 

  

 
どうしても許せない人がいる時に読む本
 
わたしは元彼くんに対して様々な感情を持っていて、自分の中でコロコロそれが変わることはちゃんと認識していた。
 
  • 好きになってくれてありがとう。
  • 幸せにしてくれてありがとう。
  • 説明をしてくれないから混乱してます。
  • いなくなって寂しい。
  • 元気でやっているか心配。
  • 本当は分かっているのに、説明させようとして申し訳ない。
  • あれだけ悲しくさせられたんだから、説明するのは当然の義理なんじゃないか。
  • お前のせいでうつ病になったんだ。怒っている。原因はお前なんだ。
  • お前のせいでトラウマをいくつも抱えるようになって、認知が歪んだ。どうしてくれるんだ。
  • ただ切実にうつ病を治したい。治せるのはあなたしかいないから協力してほしい。
  • 彼が幸せならばそれでいい。
  • 昔の彼に戻ってほしい。
とかとか。
 
たまたま本棚に並ぶこの本を見つけたとき、あれ?と思った。
 
もしかしたらわたしは、元彼くんを許せなくて、人のことを許せない自分が嫌だから、様々な都合のいい言葉に置き換えてるんじゃないか?だから感情にブレが出るんじゃないか?
 
 
先述の2冊はあとにして、この本から読み進めた。
 
ある問題について、「なぜ?」と問いかけるを5回繰り返すと、根幹の問題にたどり着くという、有名な思考整理方法がある。
この本の中でも、少し似たようなことを言っていた。
 
元彼くんに無理やり当てはめて考えてみると、予想外の問題が浮き彫りになった。
 
 
元彼くんのことが許せない。
 
どうして?
 
わたしをないがしろにした説明をしてくれなかったから。
全てにおいて、わたしを無視したから。
 
どんな気持ちになったの?
 
説明する価値がない人間だと思わされた。
 
どうして、説明をしてもらえないと価値がないと思うの?
 
わたしに自分のことを理解してほしいという気持ちが感じられないから。
 
どうして、相手に自分を理解してほしいという気持ちを出してみてほしいの?
 
そうしてくれないと、相手はわたしのことなんかどうでもいいんだ、と、捨てられた気持ちになって、とても悲しいから。
 
最初と最後をくっつけてみよう。
 
「なぜ、無視されると捨てられた気持ちになって、とても悲しくなるの?」
 
あっ、と思った。15年前のトラウマがよみがえった。
浮かび上がったのは、大好きな母だった。
 
---
 
部屋の間取りがああだったから、あれはきっと、わたしが福岡県に住んでいた、約15年前のことだ。
わたしは、ゴミをゴミ箱に捨てた。
 
そのまま時間が少し過ぎた。
母がゴミを見つけてわたしに言った。
 
「これ、シンディでしょ。捨てなさい」
 
まぎれもなく、わたしが捨てたゴミだった。
でも、そのゴミは、捨てられていなかった。
ゴミ箱からこぼれ落ちた訳ではなく、最初から捨てられていなかった。
 
でも、わたしは、捨てたんだ。
 
 
「シンディじゃない」
 
「じゃあ誰のゴミだっていうの」
 
「シンディじゃない。弟か母ではないか(父は仕事に出ていた)」
 
「弟やわたし(母)はいつもゴミを捨てるし、あなたはいつも捨てない。だからシンディじゃないのか」
 
「シンディじゃない。シンディのゴミじゃない」
 
「じゃあ、ゴミに足が生えて、ゴミ箱から勝手に出てきたっていうの?」
 
「その可能性の方が高い。とにかくシンディじゃない」
 
「はあ…もういいよ」
 
 
これだ。
これだ。
これだった。
 
わたしは15年前、母に信じてもらえなかった。
 
ただでさえわたしが忘れっぽくて弟がそうじゃないからと、わたしは常に疑われ続けて(実際に、弟のゴミもわたしのゴミだと思われて注意されることが多々あった)消耗していたのに。
 
わたしが確信を持って「これは絶対に違う」と何度も真剣に言ったことに対して取り合ってもらえず、
現実にはありえないことの可能性の方が高いとまで自信を持って一生懸命に伝えたのに、
 
なのに、
母は議論を放棄した。
 
 
わたしが元彼くんといて1番辛かったのは、議論を放棄されることだった。
何か言うとすぐ無視されることが、何よりも辛かった。
どんなにどんなに話し合いたくても、元彼くんはすぐに放棄した。
わたしが不安になって泣いて許しを乞いても、彼は無視した。
 
ずっとそれの繰り返しだった。
 
 
なぜそれが「またかよーむかつくなー」で済ませられなかったのか、を遡ってみると、
15年前の母との大げんかでのトラウマに辿り着いたのだ。
 
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本には、こんなことも書いてあった。
 
 
許せない人にどうしてほしいですか?
それは、実現可能ですか?
できないなら、次の方法を試してみましょう…
 
 
「次の方法」は後回しとして、まずは元彼くんに一体どうしてほしいのかを考えた。
 
 
わたしは、元彼くんに、わたしが無視されてつらかったこと全部を聞いてほしかったし、申し訳なく思ってほしかったし、謝罪してほしかった。
自分のしたことがわたしを傷つけたんだと理解してほしかった。
そしてわたしのうつ病が寛解するまで、付き合っていた当時のことや、別れ際のことを説明し続けてほしかった。
質問に答えてほしかった。
 
それはとても実現不可能だった。
 
 
次に母について考えてみた。
 
わたしは、母に、15年前の大げんかを思い出し、わたしにとって大きな出来事であったことを認知してもらい、謝罪してほしかった。
 
これなら実現できそうな気がした。
そうしたら許せそうな気がした。
 
母に電話をかけた。
こんな本を読んだんだと。
 
母は15年前の出来事なんか覚えちゃいなかった。わたしはいちから説明した。
信じてもらえなかったことや、どれだけ本気で訴えてもそれが変わらなかったこと、
そして最終的に放棄されたことが心の大きな傷となっている。
あの時のわたしに謝ってほしい。と。
 
母はパニックになった。
 
自分はよく頑張っていて、子供のことを自分の命よりもずっと大切に思っていて、いつも心配していて、信じていて、女手ひとつで何不自由なく育てて、
娘がうつ病をこじらせて死にそうな時には一人暮らしの家に駆けつけて、治療にも協力的になったし、いい母親だ。
と、彼女は自己評価をしていたに違いない。
 
それが全部崩れた。
 
母は、復讐をしてくれと言った。
15年分の恨みを晴らしてくれと言った。
 
わたしも23年間も母の娘をしているから、母はパニックになるとヤケになるということは知っていた。
わたしが今まで受け止めてもらってきたぶん、わたしも母のパニックを真正面から受け止めた。
 
違うんだ、違うんだ、母は悪い母親じゃない。とても良い母親だ、わたしはその1件についてだけ謝ってほしいだけなんだ。
 
何年かに一度この話題を振っても母は笑って「そんなのあったっけ?」と流したじゃないか、それをちょっと真剣に言っただけだ。
 
うつで寝込んでいた時のわたしを母が信じてくれたように、15年前のわたしを信じてやってくれ。
15年前のわたしに、謝ってくれ。
 
と、ゆっくり冷静に、真剣に言い続けた。
 
お互い泣きながらもどうにか落ち着いて、母はわたしに謝った。
わたしは母にありったけの感謝を伝えた。
 
この話をできてよかったと言った。
すごく楽になったと言った。
 
 
そして電話を切った。
30分ほどの時間だったけれど、3日間くらい体力を使った。
ベッドに倒れ込んだ。
 
こんなに気持ちが清々しくて、肩が軽くて、心が晴れたのはいつぶりだろうか?
 
お母さん、
わたしは今はたくさん薬を飲まないと何もできないけど、いつか元気になるからね。
 
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↑当時、夕食後1回でこれ。
ストラテラの青色が超目立つ。
 
 
許せない人にしてほしいことが実現不可能なときに(わたしにとっての元彼くんケース)その人を許していくメソッドは、ゆっくりやっていくことにした。
 

 

仕事・人間関係 どうしても許せない人がいるときに読む本

仕事・人間関係 どうしても許せない人がいるときに読む本

 

 

 

とにかくこの日は、母と対話をしたことで、ぐったり疲れてしまいました。
でも、本当に、言ってよかった。
 
人を許せない自分とも向き合えた。
 
 
ずっと話がしたかったんだなと思った。
 
 
Cyndi.