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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

発達障害グレーゾーンという、溝。

発達障害(ADHD・ASD)

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この記事はメンヘラ&発達障害 Advent Calendar (http://www.adventar.org/calendars/1197) の16日目です。
 

十数年前、ADHDという発達障害を知った。

 
きっかけは、イトコがアスペルガー症候群だったことだ。発達障害に詳しくなった伯母が、シンディはADHDなんじゃない?と母に言ったのだ。確か。
 
ずっとわたしは生きづらかった。
ヤマハの体験に連れていったら踊りだした。学校のすぐ近くに住んでいたのに、遅刻が絶えなかった。忘れ物をした。友達ができなかった。なんとなく距離を置かれていた。宿題というものができなかった。学校からのおてがみはぐちゃぐちゃだった。連絡帳は出せなかった。何も傷つけてないはずなのに、毎日言われるがままにパシッてあげてたのに、友達だと思ってた子からいきなり縁を切られた。作文は的外れなことばかり書いていた。意図が読めなかった。遊びの意味も分からなかった。帰りの会で誰かが表彰されたので、黒板の前まで歩いていって讃えたら猛反発を食らった。2人組では余った。モロ定型発達の母と弟に囲まれて、孤独だった(父は会社から帰るのが遅かった)。なんでかさっぱり分からなかった。
自我に目覚めて、他の人との差を感じ始めてからは更に劣等感に苛まされて日々辛かった。努力ができない、先延ばしにしてしまう、ものがない、人に「見れば分かるから」と言ったものが分からない、とにかく人に嫌われる…
普通になろうと努力して、大人しいねと言われれば図書館に行って大人しい子を演じ、キモいクサいと言われればいじめられっ子の萎縮のしかたをしていた。普通が良かった。目立ちたくなんてなかった。そこまで言うほど才能がなかったから、一生懸命個性を殺そうとしていた。
人の悪いところがよく分からないから、全部自分が悪いんだと思ってた。わたしは地球上の全ての人と仲良くなりたかった。敵なんかいなかった。わたしをいじめてきた子とも、いじめないなら一緒に遊びたかった。周りが何を考えているのかわたしはなーんにも分からなかった。何をどうすれば良いのか分からなかった。
 
ADHDの症状を読んで、泣いた。わたしがそこにいた。わたしがそこにいた。きっとわたしは障害を持っていて、それは仕方のないことで、うまく付き合っていかなければならないけれど、わたしが悪いわけじゃないんだ、これは障害だからと、救われた気持ちになった。不注意の多い、ADDのほうが近いかもしれないなと母に言われたけど、わたしはムズムズしてじっとしているのは苦手だからHもあるだろうなと思った。祖母も発達障害の「ケ」があったらしい。血の繋がったイトコはアスペルガーだ。わたしが辛かったのは発達障害のせいなのだと、よかったよかったとわたしは泣いた。肩の荷が下りた。

 

 

 

どうして私、片づけられないの?―毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」

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片づけられない女たち

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「片づけられない人」の人生ガイド

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病院に行った。ウィスクスリーという検査を受けた。わたしのIQは114らしい。脳波の検査も受けた。眠れなくってじたばたした。てんかんはなかった。
 
診断結果は、ADHDアスペルガー症候群のグレーゾーンだった。
 
どん底に突き落とされた。予想していなかったアスペルガーの名前を出されたからではない。健常者と発達障害者のグレーゾーンではなくて、発達障害者と発達障害者のグレーゾーンなのに、わたしは障害者になれなかった。併発でもないらしい。悪い言い方だけど、免罪符貼ってもらっていいはずなのに、免罪符を貼ってもらえなかった。0.5と0.5を足しても1にはならないらしい。
結局わたしの生きづらさはわたしの因果応報だったのか、と、ひどくショックを受けた。責任感が強くて真面目で、世界がズレてるわたしは、ますますどうしたらいいのか分からなくなった。
 
それからずっとずっとである。Twitter発達障害をオープンにして、Bioに並ぶADHD、ASD、ストラテラコンサータ、その他発達障害関係の文字。羨ましかった。ナルコレプシーになってリタリンを出してもらいたかったけどなれなかった。治療薬も対症療法もない。障害者が障害者として生き抜く術を持っていることに、嫉妬していた。
友人はわたしのところにやってきては離れ、やってきては離れを繰り返している。わたしのルーズなところまで見せたくないから近寄れない。近寄ったら捨てられるかトラブルが起きてしまう。今まで、誰の親友にもなれたことがない。
わたしが心の底から愛していた昔の恋人ふたりも、もしかしたらわたしの上っ面だけ好きだったのかもしれない。
 
大人になったいま、不注意はクソライフハックを生み出し続けた成果もあってだいぶ楽になった。ただ、幼い頃には決して満たされることのなかった衝動性が満たされるようになって悩んでいる。我慢ができないのだ。食べ物も。買い物も。寂しさも。お金を使うことが楽しくて仕方ない。好きなものを手に入れるのが楽しくてしょうがない。新しいものを仕入れて古いものを捨てるのが楽しくて仕方ない。わたしにとっては永遠の、あちらにとっては一晩の恋をするのもやめられない。寂しさや罪悪感が膨張する悪循環だ。
周りが停滞しているとストレスに感じておかしくなりそうだったし、おかしくなったから実家を出た。
 
なんの才能もないのに。
鬱にまでなって、稼ぐ術がなくなるかもしれないのに。
 
未診断のくせにと発達障害者からは言われ、
健常者からは普通に嫌われる。
たまに面白いと思われても、気付いたらみんないなくなる。
 
どうして?
 
わたしがグレーゾーンにいるから、
それがすべてじゃなかろうか。
 
でも、もしまた診断を受けて。
あなたはグレーゾーンでもありません、
健常者です!って言われてしまったら。
 
カケラの逃口もなくなる。
 
辛くて、辛くて、死にかねないです。
 
だからもう診断は受けないです。
ただ、わたしが鬱になる前からずっと精神科に通ってるのはADHD傾向が強いことが原因なんですと言ったら、主治医さんが低容量のストラテラを出してくれました。
 
まずは、様子見です。
 
 
Cyndi.