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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

うつ病患者がバイト3連勤したら限界来てめっちゃ泣いて反省した話

うつ病 日常

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うつ病治療中のシンディです。

以前短期バイトをした記事を書きましたが、普通に長期アルバイト、はじめました。

というかもうなんだかんだ2ヶ月経ちました。

出勤するのは基本週に2日。曜日は決めてなくて予定に応じてバラバラです。20時から翌朝5時までの夜勤です。

学生時代にやっていたバイトとは違う業界なので毎回何かしらやらかしてるのですが、店長が優しかったり、同期で同い年の男の子がめちゃくちゃ話しやすくて仕事のできる人でやりやすかったり、年下の先輩の女の子が頼もしかったり、まだ2ヶ月なのにもう後輩ができたり、やっと常連さんの顔と名前が一致して来たり、と。それなりに楽しくやっております。

ただ、この三連休、ちょっとやらかしてしまいました。

 

お店の力になりたかった

さてさて世間は連休でしたが、わたしはアルバイト3連勤でした。

もともとのシフトは

  • 土曜:終電まで
  • 日曜:始発まで
  • 月曜:休み

だったのですが、月曜にビビるくらい人が足りておらず、日曜に店を閉めたあと店長がひとりひとりアルバイトに頭を下げて出勤要請をしていたのです。

営業できないレベルの人員不足でした。

でも、その場にいる子はみんなだめだと言った。そもそもアルバイトさん自体が少ないのです。順番が回ってきて、新人のわたしにも店長が声をかけてきました。

どうしようか……すごく迷ったけど、最近調子が上向いている自信があったから「オープンから終電までか、終電から始発までのどちらかならいいですよ」と返す。

ライターの仕事もあるし、土・日・月と3連勤になるし、体力をセーブしたかったから、フルでは出られないと断言した。まぁ、お金もほしかったし、土曜も終電までだったから、月曜も短時間ならどうにかなると思ってしまったんですよね。

店長は少し悩んだあと、オープンから終電まででお願いしますと言って、何度もお礼を言ってきた。

よかった、これで明日もまともにお店が営業できる、と思って、わたしも安心して帰宅しました。

 

体が明らかに休みたがっている

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月曜の昼。わたしは連休明けの朝イチで見ていただく予定のライター仕事をしていました。

ところが題材がいつもと毛色の違う慣れないものだったので、見積もったよりも時間がかかる。それだけじゃない。なんだか頭が働かなくて、筆というかタイピングが進まない。ヤバい、わたし、疲れてる。体が休めって言ってる。

結局原稿は書き上がらず、終電後に続きをやることにしてわたしはアルバイト先へ向かいました。

3時間半働いて、終電で帰宅。

既に気持ちがどよんと沈んでいました。帰宅してトイレに腰かけた瞬間もうダメでした。身体中から力が抜けて、立てませんでした。

なんとか自分をごまかそうと、併設されている洗面台で顔を洗ってみたり、携帯をいじったり、家に出るちっちゃいクモと戯れてみたり(わたしはクモが好きなのです)しました。

それでも、気分は良くなりませんでした。

 

記事が1本書けたら、止まらなくなった

わたしはADHD(注意欠陥・多動性障害)の特性を抑える薬を飲みながら生活しています。特にわたしが困っているのが、不注意衝動性です。この日は衝動性に勝てませんでした。

トイレにうずくまっていたわたしは、どうにかこうにかベッドまで戻ってきてうなり続けたあと、なんとかPCに向かうことができました。残りは締めの部分と推敲だけだったので1時間程度で脱稿。

それで眠ればよかったのに、わたしは「今なら文章が書ける!書きたい!」という衝動を抑えきれず、ブログの下書きに手をつけ始めました。

ブログの予約投稿のボタンを押したころには、肉体的疲労のことは忘れていました。

ブログはともかく、あんなに鬱に飲み込まれていたけど、とりあえず仕事のほうの原稿が終わった……その安堵感でいっぱいだったのです。

 

スイッチが切れたように眠って大遅刻

先に言っておく。ナッツミー、しんま、ごめん。

3連勤明けの火曜日は、お昼の12時からランチオフ会があったのです。

さて、その楽しみなランチオフ会を控えたわたくし。夜勤明けにいつもより少ない睡眠時間で仕事して、通勤して、バイトして、帰宅して、仕事して、ブログ書いて、もう朝です。どうなるでしょうか。眠くなります。

完全に判断力が鈍っていたわたしは、自分が過眠傾向の人間だということもすっかり忘れ、「今寝たら起きられなくなって間に合わない」ということに気付かず、部屋中のアラームとスヌーズをかけまくって眠ってしまいました。

3時間ほど自室でありとあらゆるアラームがひっきりなしに鳴り続けていたと思います。わたしはずっと眠っていました。起きたら待ち合わせ時間でした。

一番上にあったワンピースをかぶって、すっぴんに裸眼で池袋へ行きました。

オフ会自体はとっても楽しかったです。ありがとう。ランチも博多土産も美味しかったです。

 

帰宅後、起き上がれなくなった

そして16時でオフ会はお開き。まっすぐ帰宅しました。仕事をするために。

でも、帰宅してベッドに倒れこんだあと、動けなくなってしまいました。

PCに向かいたいのに。Chromeを、Onedriveを、Wordを開かなきゃいけないのに。せめて起き上がって座らなきゃいけないのに。トイレにすら行けない。冷蔵庫までも行けない。水すら飲めない。涙が出てきます。

3連勤がきつかったんだ、ということはもう分かっていました。でもそれは自分で依頼を受けたから自分の責任なのです。お店はわたしの3時間半にちゃんと対価を支払っています。わたしはそれを受け取っています。ですから自業自得の極みなのです。

それでおいてやるべき仕事ができないのです。ただしんどいだけなら頓服の精神安定剤を少し多めに飲んで眠ってしまえばいいのですが、仕事があるとそうもいきません。動かなくちゃいけません。でも動けない。その繰り返し。すごくすごく悲しいです。

だんだん頭もぼやぼやしてきます。長文ではないけど、彼氏にメンがヘラったLINEも送ってしまいました。脳が自衛のために考える力をシャットダウンしたようなイメージです。

↑こんな感じでした。

1回立った後はベッドに寝るのをやめて、うずくまる状態になれました。大進歩です。でも、頭がもうイカれてました。

彼氏にメンがヘラったLINEを送ったことを大後悔して、ごめんなさいLINEを送るか更に迷って送っておきました。送っても送らなくても面倒なメンヘラだなぁと思って更に自己嫌悪。号泣。

こんな時に限って抱えている仕事は頭を使う、集中しないといけない内容。

もうだめだ。 取引先に謝罪しよう。期限を翌日に延ばしてもらおう。

期限を確認しました。

期限は、もともと翌日でした。

 

わたしはこうするべきだった

この三連休、日曜日までは、成功も失敗もあって全体的にはそこそこの出来だったのです。 なんて言ったら迷惑をかけた人に怒られてしまいそうだけど。

ただ、月曜日と火曜日は本当に辛くて、ああ、これがうつ病の怖さだと改めて実感することとなりました。

お店の事情より、先約と自分の体調を優先すべきだった

今回、わたしには月曜日の出勤を打診される前に、3つ約束をしていました。

火曜日の朝イチ〆切の慣れていない分野の原稿。

火曜日の昼からのランチオフ会。

水曜日(今日)〆切の頭を使う仕事。

ついでにわたしは体力がないのに連勤明けで疲れています。もう1日働いたらもっと疲れます。これだけのことが頭に(スマホにも)入っていながら、

「お店に人が足りないと営業が大変だ!お金ももらえるし、わたしが頑張らなきゃ!」

と、つい出勤を引き受けてしまいました。

短時間という条件は提示できました。でもそれじゃダメだった。

飛び飛びで週2→2連勤はクリアしたことがあります。それでも長時間→長時間は身体が辛くて、2連勤の時はどちらかを短時間にしようと学んだばかりでした。

2連勤の次に挑戦してよかったのは3連勤ではありませんでした。飛び飛びで週3でした。3連勤は階段を1段飛ばしで上っていったようなものだったのです。

3連勤をしたいのなら、週3出勤を何度かやって「大丈夫だな」と思えてからにするべきだったのです。

とりあえず昨日のブログは昨日じゃなくてよかった

ちょっとできなかったことができると、「今だったらできるかも!」という考えにいつも行き着いてしまいます。確かに、できます。

でもそのあと絶対に反動がきます。その反動まで考えなきゃいけなかった。

ここらへんは鬱というよりADHD的な側面が強いと思うのですが、鬱による判断力の低下も絶対にある。1回落ち着いて、深呼吸して、ほんとにそれでいいの?今じゃなきゃダメ?って自分に聞く習慣をつくる。

仕事の期限はちゃんと確認しましょう

これについては何も言えねぇ。しっかり確認してリマインダーかけます。

早く元気にならなくてはならない、という罠にハマらない

長くなりますが、考え方について。

わたしは元気になりたかったんです。2連勤より3連勤できた方が、元気になったことになれる気がしていました。

でも、わたしは過去に比べればしっかり元気になれてきているんです。まだ足りない、もっと早く元気にならなければ、自立しなければ、という考えに囚われて、自分がじゅうぶん元気になれてきていることを無視していました。

休職直後、何もできなかった時期から1年以上が経ち、わたしは家事ができるようになりました。

新幹線や飛行機にも乗って遊びに行けるようになりました。

今までよりも高い頻度で自炊ができるようになりました。料理の腕も上がりました。

仕事も前よりスムーズにできるようになってきました。

立ち仕事の短期アルバイトだってできました。社員さんはわたしの働きぶりを褒めてくれて、継続でバイトしないかってお誘いもいただきました(断ったけど)。

今のアルバイトも週2で2ヶ月続いています。長時間勤務も何度もやっていますが、一度も途中でぶっ倒れたりしないでちゃんと笑顔で退勤できています。

薬物療法ではある程度ゴールが見えてきました。頓服のコントロールも前より上手になりました。

一人暮らしだから誰も見ていないだけで、わたしは着々と元気になってきているし、頑張れることも増えているし、自分で見ようとしないだけで結果も出しているんです。

認知の歪みってやつです。10のできたことより、1のできなかったことの方が、100倍大きく見えてしまうんです。どんなに成長しても、今の自分はまだ甘えてる!病む前はもっとできたんだから今ならもっとできる!と自分を追い込んでいました。

でも、鬱はそんなに簡単にいなくなってくれるものじゃないんです。

何度も失敗して分かっていたはずなのに。

ちょっと「元気になってきたな」と思うたびにチャレンジして失敗してきたのに。

周りがもっと頑張れと思うくらいでも、うつ病患者は自分で思い切ってブレーキを踏まなきゃいけない。

そう思った、この土・日・月・火曜日でした。

 

「最悪元気になれなくたって、自分とのうまい付き合い方を見つければいい」

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で、仕事で疲れてるはずの彼氏にメンがヘラったLINEを送ったことを大後悔してびーびー泣いていると、彼はただ「大丈夫か」と言って、電話をかけてきてくれました。

元気になりたくて早まりすぎちゃったの云々、と話すと、こう言ってくれました。

目から鱗が落ちました。

元気にならなくてもいいなんて考えは、わたしの中にはありませんでした。週5フルタイムの再就職にはこだわらなくていいかな~とは考えるようになれてきていても、絶対に元気になって、一刻も早く薬さえ飲んでればバリバリ仕事や外出や勉強ができる身体になりたいと思っていました。もちろん彼にも心配をかけないような。わたしのあこがれは、いつだって"普通"でした。

彼はわたしと結婚したがっていて、子供もほしがっているので、薬を飲むのも将来的にはやめなきゃいけないなって余計にハードルを上げていました。でも、子供なんて今すぐの話じゃないのに。まずは2人の話なのに。

Twitterではいつもふざけたことやおちゃらけたこと、下ネタに惚気ばっかりつぶやいてますが、真剣に反省しました。元気になろうという罠に自分からハマりに行っていました。今は頼ってほしいと言ってくれる人がいるんです。自立しようとして潰れるより、強い人に頼ればいいじゃないか。結局はね、考え過ぎだったんです。彼氏ができる前はできなかった考え方ですが、少なくとも今はこれでいいんです。頼ってほしい、元気にならなくたっていいとまで言ってくれる人がいるならそうする。わたしは本当に恵まれているなと思います。

就活で短所を聞かれるたびに「人に頼ることが苦手です」と言い続けてきました。でも、人に頼ることももっと練習して、総合的に、網羅的に、自分とのうまい付き合い方を身に着けていこうと思います。

それでは!

 

Cyndi.