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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

年齢なんて関係ないなんて言わないよ絶対

雑談

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シンディです。

わたしは定時制の高校を卒業したこともあり、思春期の頃から比較的幅広い年齢の人たちとお付き合いをしてきました。

でも、その割に人の年齢を気にしてしまう人間です。

正確に言うと学年。

自分が大学に1年遅れで入学したからか、早生まれの極み乙女だからか、「同い年だ!」となっても、つい「学年は?」と確認してしまうクセがあります。

 

年齢はただの数字、されど数字

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年齢、学年、誕生日、きょうだいの有無、

恋愛ステータス、出身校、仕事、勤務地、

居住地、出身地、血液型、趣味、持病、性別…

 

どれも単なる数字や記号のようなものです。
上記のどれも知らなくたって仲良く話せる人はいます。
いざ知っても使われない情報もあるでしょう。

一番大切なのは、もっと深いところにあるその人の本質である……という意見には、わたしは同意しています。

だって、たかが個人情報ですから。

 

ただ、されど個人情報、という面がかなり強い個人情報が、年齢(学年)だと思います。

生まれた時から同じ時代を同じように駆け抜けてきた人。幼少期に同じものを見て、同じものを聴いて、同じもので遊んで育った人。

わたしはそれだけで親近感を覚えてしまいます。

 

わたしは1992年3月31日生まれなので、
同じ年に義務教育を終えた1991年組はもちろん、
生まれ年が一緒で、同じ年に大学に入って出た人の多い1992年組への愛着もある。

年齢(学年)は、自分と相手の距離がどれくらい離れているのかを教えてくれる大事な数字です。

 

反対に、年齢(学年)を教えてくれない人を信用するのってとても難しい。

わたしは発される言葉の節々や態度からは親密度を測るのが苦手らしく、相手がどれだけ自らの個人情報をわたしに教えてくれたかで好感度を推測しているところがあるなぁ、と最近気付きました。 

鍵無しTwitterのようなオープンな場では出せる個人情報の境目を持って取り扱いは注意しなければならないけれど、クローズドな場面(対面など)ではなるべく多くの情報をわたしは知りたいな。

 

年齢なんて関係ないよ!という人たちは、一体どうやって人のことを知って、見抜いて、心を開いていくのでしょう。

そして多分そのロジックを知っても、多分わたしは実践できない。

羨ましいな。

それだけ。

 

「何歳に見える?」

年齢を聞くとよく返ってくるこの質問。本当に苦手です。笑

最近の人は本当にみんな若く見える。
でも、大人っぽく見える。

しっかりしてる人はみんな自分より年上に見えるし、可愛い人は年下に見える。
 

インターネットを徘徊していて一目惚れした大学生モデル、浅利琳太郎くんが18歳だと知った時には脳震盪起こしかけました。

彼、パッと見て何歳に見えますか?
わたしは22歳くらいかな、と思いました。

3月まで高校生だった18歳って聞いたら、えーっ!て思いません?
思いませんか…そうですか……

 

サッカー選手も、アイドルも、オリンピック選手も、いつのまにか年下ばっかり。

ちっとも大人になれていない自分は、「何歳に見える?」のかしら。

 

同年代の心地よさは異常

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昨日は同学年ブロガーふたりとオフ会でした。わたしはふたりとも初対面。

東大卒既婚ブロガーなまぱんと、卒業した高校が同じだった中馬さりの。揃ってすぐに同学年だと分かって、開きすぎなくらい心開いてしまいました。

今日も3人のグループLINEがピコピコ鳴ってます。

 

思えばTwitterの延長だったこのブログを通して知り合った人も相当な数になっていて、でもその中でも特に仲の良い人って大体91年組・92年組な気がします。

いつか91年組縛りのタメカラオケとか、91・92年組のほぼタメ飲み会とかやりたいなぁとか思ったりしたりしなかったり。

 

小中学生の時には上手く所属できず、高校からはなくなってしまった「同学年が一斉に集うコミュニティ」。

わたしは無意識下でそれを追い求めているのかもしれません。

今仲良くしてくれている大好きな人たちが、これからも仲良くしてくれることを祈るばかり。そんな火曜日の夜なのでした。

 

(同年代じゃない人もいつもありがとう!)

 

Cyndi.