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CindⅢ site

うつ病ADHDフリーライターのクズがクズに寄り添い生きづらい世の中をなんとか生き抜いていくためのブログ

自分の中の醜い欲を消化していくということ

脳内スキャン

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ここ数年単位での心の不調は、幼い頃の反動に思えて仕方ない。夜泣きしたり。物に当たってみたり。人にべったり甘えたり。すねたり。

きっと赤ちゃん時代や子供時代、夜に泣いていいなんて知らなかったし、物に当たるなんて発想がなかったし、もっと甘えていいとか言われないと分かんなかったんだろうし、すねる意味が分からなかったんだろうと思う。
 

  

ちゃんと世の中を見てみたらさ。
本当に、自分勝手な人がいるもんなんだよ。
転校生をいじめても先生に何も言われないやつがいるんだよ。運動ができない人に真面目にやれって怒っても許されるやつがいるんだよ。すねても機嫌をとってもらえる人がいるんだよ。人の悪口を言ってるのに、場を盛り上げられるやつがいるんだよ。お願いしたら聞いてもらえる人がいるんだよ。ミスしてヘラヘラしてても嫌われない人がいるんだよ。弱音を吐いたら構ってもらえる人がいるんだよ。泣いただけで庇ってもらえる人がいるんだよ。がんじがらめに束縛しても重いと思われずに愛される人がいるんだよ。駄々をこねたら男に迎えにきてもらえるような女がいるんだよ。理不尽に人の心を踏みにじっても同情される人がいるんだよ。
 
みんなわたしがやったら許されないこと。ただでさえ嫌われやすいから、やらないようにやらないようにって気をつけてたこと。
なのに当たり前のように許される人がいる。
そんなの見たくなかったよ。
わたしも、って、思っちゃうじゃん。
 
わたしだって、人の悪口ばっかり言うやつは人間じゃないから迫害してやりたいと思ってたし、わたしのことを悪く言うやつは全員机で殴ってやりたかったし、何も言わないでもわたしが泣いてたら心配して会いに来てほしかったし、ほしいなーって言ったものをその場で買ってもらってプレゼントされたかったし、太ったままでも可愛いって言われたかったし、誰かの人生をグチャグチャにしてやりたいと思ったこともあるし、帰らないでって言ったらしょうがないなーってお泊まりしてってほしかったし、汚い考えまで丸出しにしても何故か愛されたかったし、バイトで努力しなくても許されたかったり贔屓されたかったりした。
 
本当はどこかでそう思ってたんだと思う。
でも、
そんなことしたくないって思ってたのも本当。
 
わたしが学校を休むというのは、もしかすると、母をはじめ、周りの人を試していたのかもしれない。機会を潰して、お金を無駄にして、想定外の出来事を起こして迷惑をかけて、それでも変わらず愛してくれるか試していたのかもしれない。
夜中に甘いチョコレートや菓子パンを食べたくなるのは、体に悪いとされてることをしても好きでいてくれる人の存在を探したかったからかもしれない。
でもわたしは「なぜか何をやっても許される人」じゃなかったから、学校に行かないかわりに将来の人生設計を合理的に理論的にプランニングしてプレゼンテーションして成し遂げなきゃいけなかったし、太ってたから(だけじゃないけど、きっとそれも大きな要因で)モテなくて、男性から告白されたことは元彼くんからの1回しかない。だからすごく好きになっちゃったんだけど。
自殺したくて首を吊ろうとした時は、死んだら元彼くんは会いに来てくれるかな、死んだ後でもいいからどうしても元彼くんに会いたいなって考えてた。2回中2回とも。けど、元彼くんは多分わたしが死んでも会いに来てくれない。それを確信してからは、前ほど死にたくなくなった。
 
1人でいる時に色々悪いことをしてしまうのは、どうせ叶わないからって自分で頑張って頑張って頑張って奥の奥にしまいこんでいたドス黒い欲望の塊を、ほんの少しずつ、ほんの少しずつ、消化しているみたいだ。そしてそれを自分で許してあげることで、空いた穴を埋めているみたいだ。
眠くなるからと減薬したレキソタンの離脱症状でイライラして苦しかったから、また2000円払ってレスパスで予約したレッスンを当日キャンセルした。お金、ないけど、自分で自分に、気持ち悪いね可哀想だね、よしよし休んでいいよって言って、ずっと横になってた。それがすごく心地よかった。
明日の朝の自分のために買ってきた菓子パンを、お腹も空いてないのに今夜のわたしが食べた。ほんとうは別に食べたくないのに食べたいって自分に言って、自分で自分に食べてもいいよって言って、食べて、怒らなかった。許した。美味しかったねって言ってあげた。それが嬉しくてめちゃくちゃに泣いた。
 
終わりがない。つらい。つらい。
もっと綺麗なことばっかり考えたい。
もっと自然に健康になりたい。
 
Cyndi.